ずっと見ていた。
彼のことを・・・。
そしてきっと、彼もそれを知ってる。
こんなこと言ったら、思い上がりと言われそうだけど、
多分、私のことも嫌いじゃないはず。
長い間、距離を保った平行線。
お互い探り合いながら罠を仕掛ける。
幾度となく捕らわれそうになっては、必死で逃れた。
『好きになっては駄目』
本能は仕切りと警告を出すのに、どうしても彼に惹かれる気持ちを止められない。
B型のくせに神経質で、冷めた性格。
憎らしい仕草、怠慢な態度。
それなのに意外と寂しがりやで、時々すごく優しい目をして笑う。
どちらが本当の姿なんだろう?
「観月先輩、これ、受け取って下さい。」
2月14日
本日これで何人目だろうか。
文字通りチャレンジャーと言う名の女子生徒が、
休み時間の度、彼の前に入れ替わり現れる。
「いりません。」
読んでいる本から視線を外すことなく一言言い放つと、
何事もなかったかのように振舞う彼。
もっと違う言い方は出来ないのかしら。
それにしても、観月くんのところに来る女の子は皆強い。
彼が転校してきた直後こそ、その態度に涙を見せる子もいたけれど、
今となっては誰もがどんな対応をされるかわかっているらしく、
俯いて帰る姿はあまり見ない。
観月くんの頑なな態度が、
『誰かの特別』にはならないと思わせるようで、
「また振られちゃった。」などと言って笑う人さえいた。
放課後になると、プレゼントの包みを持って教室に入ってくる子の数は
一度ピークに達し、今、ようやく落ち着いた。
少し気まずい空気の中、運悪くこの日に観月くんと日直だった私は、
日誌を書きながら隣の席にいる不機嫌顔の彼を見た。
「だから後はやるから帰っていいって言ったのに・・・。」
「今日は何所に居ても同じなんですよ。
それに、さんは僕が一緒に居た方が嬉しいでしょう?」
「それはお気遣い恐れ入りますね〜。アアウレシイ。」
私がため息雑じりに笑ったのと同じ時、彼も深く息を吐いた。
「さんは、僕に渡すものはないんですか?」
「だって、『いりません。』って言われるのわかってるもん。」
「んふっ、貴女からならいただきますよ?」
わざとらしく右手を差し出すから、「何も用意してませんよ〜」って
その手を軽く叩こうと思った。
ところが、私の手は振り下ろされることなく宙で止る。
観月くんによってしっかり掴まれた手首は、逃れること許してはくれなかった。
そのまま有無を言わさず引き寄せられると、今までにないくらい近くに
意地悪そうに笑う彼の顔がある。
「もうシーソーゲームには飽きました。」
「???」
「何もないなら、貴女をください。」
「なっ何を言ってるんですか、貴方はっ。」
「何か勘違いしてませんか?
いずれはそう言うつもりもありますが、今は、
ただ僕の隣にいて下さい。」
言葉遣いは丁寧なのに、脅迫されているような気になる。
「えぇと、ちょっと理解に苦しいんだけど・・・。」
「駆け引きも楽しいとは思っていましたが、面倒になりました。」
彼の言うことになんか流されまいと思うのに、
観月くんの腕の中で、心臓が破裂してしまいそうなほどドキドキする。
「さんの自分をわきまえた謙虚な姿勢、嫌いじゃありませんよ。
でも僕の計画には邪魔なんです。」
観月くんは一方的に話し出した。
「“は僕を好きになる。”ここまでは想定の範囲内。
問題はそこからです。
貴女は僕に好意を抱く反面、自分に手におえる相手ではないと思ってますよね。
普通の女の子なら、『好き』と言う気持ちが原動力になるはず。
貴女ほどの行動力の持ち主なら、何かしかけてくるはずだった。
それなのに、貴女は何も言わない。
“私なんて・・・”と言う気持ちを持っているから。」
勝ち誇ったように、そして楽しそうに彼の話は続く。
「そんなさんに僕を“好き”だと言わせたくて、色んな計画を立てました。
そんなことばかりしてたら、バカバカしくなってきたんですよ。」
何が可笑しいのか、観月くんは鼻で笑った。
「僕は、さん、貴女が好きです。」
衝撃的なセリフに、思考回路が停止した。
声も出ない。
「聞こえなかったんですか?」
その問いかけに、首を横に振るのが精一杯。
「それなら、いい加減貴女の気持ちが聞きたい。」
フイに彼の表情と声が優しくなった。
やられた・・・。
今まで必死に食い止めていた気持ちが
ストッパーを壊して溢れ出る。
「私は・・・、観月くんが好き。」
「んふっ、やっと捕まえた。」
観月くんは私の顔を上げると、ゆっくり唇を重ねた。
入り口に人の気配があることを知っていながら。
案の定、彼目当てで来た女子生徒がいたらしく、
何かに襲われたかのような悲鳴が校内に響き渡った。
「今日中に噂は広がりますね。
これでもう貴女は僕から逃れられませんよ、。」
猛ダッシュで教室から遠ざかる女子生徒の後姿に不適な笑いを浮かべる彼を見ると、
私は早くも今起きた幸福よりも、後悔の気持ちで満たされそうだった・・・。