「お母さん、相談があるんだけど・・・。」
5月の連休に差し掛かる頃、は母親にそう切り出した。
「あら、どうしたのちゃん?そんなに改まって。」
娘から最近滅多にない相談を受け、の母親は娘の顔色を伺う。
「ビシソワーズって知ってる?」
は小さな声で控えめにその単語をクチにした。
料理名を言うだけで、見る見る真っ赤になって行く娘をみながら、
母はが何を言いたいのか一瞬で理解出来たようだった。
「何?ちゃんの彼氏、ビシソワーズが好きなの?
ジャガイモで出来た冷静スープでしょ。
ママ、作ったことないけど、美味しいのよね〜。」
母親の反応に少しギョッとしながら、は更に頬を染める。
「な、なんで彼氏だって分かるの?」
そんな娘の動揺などお構いなしに、ママは本人よりはしゃいでいる。
「好きな食べ物がビシソワーズなんて言っちゃうくらいだから、品がよさそうね〜。
カッコいいの?!!」
は「だから相談したくなかったのに」と心の中で呟いた。
しかし、ビシソワーズは液体。
上手く作ることができたとして、温くなってしまっては困るし観月の部屋へ持って行くのは難しい。
は観月の誕生日には、彼の好物を自分が料理してもてなしたかった。
その為には、観月の方から自分の家へ足を運んでもらうしかない。
彼女はその了解を得るために、母親に相談を持ちかけたのだ。
想像はしていたが、ママはの『彼氏』について興味深々と言った様子。
「何て名前?どこの子なの?写真とかないの?
で、いつ連れて来るの?」
は仕方なく観月の名前とクラスメイトだと言うことだけ説明して、
すぐに本題に入ろうとした。
「・・・・、27日にお家に呼びたいんだけど。」
「あら、大変。27日って何か予定があったような・・・?
まぁいっか。ちゃんの彼氏と一緒にお夕食の方が大事だもの。」
ママは、27日と言う日に何か引っかかるものを覚えながら、
それよりも好奇心が勝ったようで、観月の訪問を快く承諾してくれた。
「一緒じゃなくちゃ駄目?自分の部屋がいいんだけど・・・。」
「駄目に決まってるじゃない!だってママちゃんの彼氏見たいもん。」
「わかった・・・。」
は折角の観月との時間に、家族が入り込むことに不満はあったが、
コソコソするのは嫌だし、家族には観月を合わせておきたいとも思っていたので、
長い目で見たら今回はおとなしく母親の言うことを聞くのが懸命だと判断した。
「それで、今日の夕食にビシソワーズ出してもいい?
作ってみたいの。」
は料理の本を取り出すと、目的のページを開いて見せた。
「いいわよ。ぶっつけ本番で不味かったら大変だものね。」
この後数日に渡って、家の食卓にはビシソワーズが毎回登場したことは言うまでもない。
そして観月の誕生日当日
学校から帰ってきたは、着替えを済ましてエプロンを身に付け、
料理の下ごしらえを始めた。
「何か足りないものがあったら困るもんね。」
とは言え、以外の家族が嫌いになる寸前まで続いたメニューなわけで、
材料が足りないことはありえないのだが・・・。
ここまでくると、もすっかりレシピなど必要もなく、手馴れた様子で包丁を握る。
それでも夕方スクールでの練習が終われば観月が家に来ると思うと、
ソワソワして仕方ない。
がはやる気持ちを抑えながらビシソワーズに集中していたその時、
来客を告げるチャイムの音が耳に届いた。
「もぅ、今大事なとこなのに・・・。」
キッチンを離れたくないところだが、の他に誰もいなかったので
仕方なく玄関のドアを開けると、ソコには予定外の人物が涼しげな顔をして立っていた。
「上がっても、いいですか?」
の驚いた顔を見て、その人物は満足そうに前髪に指を絡めながら問い掛ける。
その問いに答えられずに、の送った視線の先には正装した両親の姿。
「ビックリした?」
母親が無邪気に駆け寄ってくる。
「何でお母さん達が観月くんとここにいるの?
それも正装なんかして・・・。」
の質問に対して、ママは悪びれる様子もなくとんでもないことを言い放った。
「うふふ、それがねぇすっかり忘れてたんだけど、
ちゃんも知ってるでしょ?いとこのあ〜ちゃん。
明日結婚式なのよ。だからママ達今日はこれからお祖母ちゃんの家に泊まりに行くの。」
そう言えば週末に両親だけ祖母の家へ行くようなことを言っていたが、
ソレが今日だなんて話は聞いていない。
「それでね、夜お食事一緒に出来ないから、
観月くんとお話したくて、パパと二人でテニススクールまで会いに行ってきたの。」
ママは『いい子だからそのまま連れて来ちゃった』と言って笑う。
その隣でパパは面白くなさそうな渋い顔。
は、自分に近づく男の子を毛嫌う父親が、
嫌々ながらも観月を家に連れてきたことが信じられなかった。
チラリと観月に目をやると、の思いが分かったらしく、
彼は「んふっ」と控えめに笑って見せた。
は観月が両親の前で、好印象を与えるように振舞う姿を連想して
苦笑いを返した。
「不本意ながら、今日は観月くんの誕生日だと言うし、9時までは居てもいいだろう。」
パパは時間になったら帰れと言わんばかりに、
先ほどから『不本意』なのだと言う事を強調していた。
「分かっています、お義父さん。」
観月のその言葉にパパが青筋を立てそうなのを知ってか知らずか、
ママは旦那さまの腕を引きながら娘に片目をつぶって見せた。
「それじゃぁね。観月くん、ゆっくりして行ってね。」
両親は車に乗り込むと、と観月、二人を残して行ってしまった。
「・・・えぇと、ごめんね、あんな親で。」
「んふっ、いいご両親ですよ。貴女を大切にしているのがよくわかる。」
は「そうなのかなぁ」と言いながら観月を家の中へと促した。
「エプロン姿のも、可愛いですよ。」
脱いだ靴をキッチリ揃えてに向き直ると、観月はまるで挨拶でもするように唇に軽くキスをする。
は決して嫌でないのに、恥ずかしさと、こんな時どう言う風に振舞えばいいのか分からずに、
またいつものように笑って誤魔化した。
観月はそんなの胸中は事前のシュミレーションで頭では理解しているものの、
内心は不安で仕方がない。
「そうだ、まだお料理途中なの。」
先に沈黙を破ったのは。
気まずい空気を打ち消すように「こっち、こっち」と、キッチンへと観月の手を引いた。
もまた、戸惑っていたのだ。
観月と付き合うようになってから、日ごとに弱くなる自分。
前はこんなに消極的だっただろうか?
自分はこんなにもおとなしい女の子だっただろうか?
全ては観月のことを好きだという気持ちが、結局「どうして自分が選ばれたのか?」
と言う疑問に辿り着く。
は自分に自信を持てないがゆえに、観月に対して少しよそよそしく振舞う時があった。
そしてそれが、観月を傷つける要因であることも知っていた。
彼は他人(ヒト)が思うよりも、もっとずっと繊細で傷つきやすい。
「まだ観月くんほど上手じゃないけど。」
は「少し座って待っていてね」と観月からもらったティーポットで紅茶を注ぐ。
今日は彼の誕生日。
どうすれば観月がよろこぶか、ここ数日の頭の中はその事でいっぱいだった。
彼の好きな料理と彼の好きな紅茶、そしてプレゼント。
計画は完璧だと思っていた。
けれど、さっき一瞬見せた観月の寂しそうな表情。
こんな大切な日に、あんな顔させたくない。
は大事なことに気が付かされた。
言葉が足りない・・・?!
観月は何も言わなくても自分の気持ちを理解してくれる。
そんな甘えがいつも心のどこかにあった。
自分が最後に「好き」と言葉に出したのはいつだっただろう?
「観月くん、私、いつもはあんまり言えないけど、観月くんのこと好きだよ。」
は観月の優しさを思うと、彼への気持ちが溢れ出して突然今の気持ちを言葉に出した。
観月は驚いた顔をしたが、すぐに表情を崩す。
「んふっ、ではいい加減『観月くん』と言う呼び方は止めてもらえませんか?」
「そうだね。」
「もう一度、言ってください。」
「好きよ・・・はじめ。」
は珍しく素直に言うことを聞いて観月の隣に寄り添った。
「何だか恥ずかしいよ」と照れ笑いしながら。
「そのうち慣れますよ。」
観月に余裕の笑みが戻る。
「誕生日と言うのはいいものですね。」
一番欲しかった言葉を耳にして、観月はを抱きしめた。
「お誕生日、おめでとう。」
「ありがとう。」
観月は目を細めて嬉しそうに微笑む。
はソレを見ることが出来るのは、いつまでも自分ただ一人でありたいと願った。
これからはもっと伝えよう。
何よりも、誰よりも、貴方が大切だと言うことを。
「はじめ、愛してる。」
fin
あとがき
はいどうも、観月くんのお誕生日は5月27日です。
え?今日何日かって・・・?
申し訳ありません、5月ですらありません(土下座)
観月好きが聞いて呆れます。
と、とにかくお祝いしたかったの!!!
観月さん、おめでとうございました(過去形)